横浜地方裁判所 昭和36年(ワ)183号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔判決要旨〕一、農地所有権移転についての知事の許可は、法律行為の効力発生要件で、その成立の要件ではないから、農地の売買契約を締結するにあたり知事の許可を得なくても契約の成立にはなんらの影響を及ぼすものではなく、また、たとい知事の許可を要件としなくても、売主は、契約上当然に買主に対し契約の効力を完全ならしめるため知事に対する農地所有権移転の許可申請に協力する義務がある。
二、農地の売買契約締結当時買主の保有農地が農地法所定の制限面積を超過していても、判示のように、契約締結当時の当事者の意思が今後保有農地の面積を減少し、知事の許可を受ける見込がついたときに右許可申請手続をするにあつたものと認めるを相当とすべきときは、かかる意思の実現に法の保護を拒むべき合理的な根拠は見当らない。
三、判示のように、二重売買の前の売買の仲介人が自ら利益を得る目的で二重にこれを買い受け、仮登記をしたうえ、他に売り渡し、その買主において知事の許可を得て登記を経由したものであるときは、右仲介人の買受は、公序良俗に反する無効の行為で、さらにこれから買受けた者の登記も実体上の権利関係を欠くとして抹消さるべきものである。
〔判決理由〕農地の売買契約を締結した売主は、後記説明の理由により、たとい知事の許可を条件としなくても、売買契約上当然に買主に対し契約の目的を達成するため知事に対する所有権移転許可申請手続に協力する義務を負うものというべきであるから、被告等は本件農地の売主として買主である原告のため神奈川県知事に対する本件農地所有権移転の許可申請手続に協力する義務があるものといわねばならない。
被告等は次に述べる事由により原告に対し右協力義務を負わないと抗弁するので、逐次判断する。
被告等は先ず本件農地の売買契約は農地法による知事の許可を得ないで締結され、しかも知事の許可を停止条件としたものでもないから無効であると主張する。しかし農地所有権移転についての知事の許可は農地の所有権移転を目的とする法律行為の効力発生要件として農地法第三条第四項の明定する法定条件であつて、法律行為成立の要件ではないから、農地の売買契約を締結するにあたり当事者が知事の許可を得なくても契約の成立にはなんらの影響を及ぼすものではなくまた知事の許可を条件としてもそれは法律上当然必要なことを約定したに止まるから、いやしくも農地の売買契約が成立した以上売主は買主に対し契約の効力を完全ならしめるため知事に対する農地所有権移転の許可申請に協力する義務があるものというべきである。従つて被告等の前記主張は理由がない。
次に被告等は本件農地の売買契約締結当時原告の保有農地は農地法所定の保有制限面積を超過していたので、本件農地の所有権取得につき知事の許可を得ることができなかつたのであるから、右売買契約自体が強行法規違反であり、また右契約締結当時右所有権取得につき知事の許可が得られないことに確定していたのであるから、停止条件の不成就が確定していたと主張する。しかし、(証拠―省略)を綜合すると、被告荒井カヨは夫死亡後借財の整理をするため本件農地の売買の仲介を不動産取引業者である訴外馬場与作に依頼したので、訴外馬場は原告に対し本件土地を買受けるよう申込んだところ、原告は当時二町歩に近い農地を所有しこれ以上農地を取得しても充分な自家労力もなく、また訴外馬場の申込んだ代金も安くなかつたので、これを断つたが、被告荒井カヨの叔父である訴外石川喜一も是非買つてくれと懇願するし、訴外馬場も所有権移転登記は保有農地を減らして知事の許可を得る見込がついたときにすれば良いといつたので、保有農地のうち耕作に不便なところを適当に処分した後知事の許可を受ける意図で自作の目的を以て本件農地を買受けたものであること、原告は当時田畑合計一町八反二畝四歩の農地を所有していたが、その後畑合計三反二八歩を他に売却し現在の保有農地面積は合計一町五反一畝六歩(田七反二三歩、畑八反一三歩)であり本件農地二反五畝二二歩を取得しても農地法三条第二項第三号所定の保有制限面積二町歩に達しないこと、また本件農地の売買契約締結当時本件農地を耕作していたのは被告荒井カヨ一人であり、同被告は健康がすぐれず充分な耕作ができないため同被告及び仲介人訴外馬場から本件農地を引取つてくれるよう依頼があつたので、原告は右契約締結と同時に本件農地の引渡を受け、爾来原告方においてこれを耕作していることを認めることができ、(中略)他に以上の認定を左右するに足る証拠はなく、以上認定の事実によると本件農地の売買契約締結当時当事者双方の意思は、買主である原告の保有農地面積に本件農地を加えれば農地法所定の保有制限面積を超過することとなり本件農地の所有権移転につき知事の許可を受けることができないことが判つていたので、今後原告において農地法所定の保有農地限度内で本件農地を取得し得られるよう自己の保有農地の面積を減少し知事の許可を受ける見込がついたときに右許可申請手続をすることにあつたものと認めるを相当とすべく、当事者のかかる意思の実現について法の保護を拒むべき合理的な根拠は見当らないから、本件農地の売買契約自体を目して強行法規に違反すると解するのは妥当でないのみならず、右事実関係のもとにおいては法定条件である知事の許可に民法第一三一条の類推適用があるものと解するも、同条第二項所定の「条件の不成就が法律行為の当時既に確定せる場合」にあたらないと解するを相当とする。よつて被告等の前記主張もまた採用できない。<中略>
ところで被告等が昭和三四年一二月二三日訴外馬場に対し本件農地を代金一五四、四〇〇円で売渡し、同日右契約にもとづく所有権移転請求権保全の仮登記をしたこと、訴外馬場が昭和三七年二月一九日訴外富田に対し右仮登記移転の付記登記をしたこと、被告等が訴外富田に対する本件農地所有権移転につき神奈川県知事の許可を得て同月六月一八日共有持分移転登記をしたことは当事者間に争いがないところ、右争いのない事実及び(証拠―省略)を綜合すると、訴外馬場は不動産業者として原告と被告等間の本件農地の売買を仲介し、被告等をして同契約を締結させながら、未だ右売買につき神奈川県知事に対する所有権移転の許可申請がなされておらず、従つて、所有権移転の登記もなされていないのを奇貨とし、自らこれを買受けて他に転売し利益を得ようと欲し、被告等に対し本件農地の二重売買をなすことを極力勧め、その結果昭和三四年一二月二三日自ら買主となつて被告等と代金一五四、四〇〇円(反当り六〇、〇〇〇円)で本件農地の売買契約を締結したうえ、昭和三七年二月一六日これを代金二、六〇〇、〇〇〇円で訴外富田に売渡したこと、訴外富田は本件農地の取得につき神奈川県知事の許可を受けたうえ被告等より本件農地の共有持分移転の登記を受けたが、被告等と訴外富田間には本件農地所有権の移転を目的とする売買その他の法律行為は成立していなかつたことが認められ、<中略>他に右認定を動かすに足る証拠はない。右認定事実によると、被告等と訴外馬場間の本件農地の売買契約は信義則に違反し正常な取引の範囲を逸脱したもので、公序良俗に反する無効の行為というべきである。そうすると訴外馬場は右売買契約により本件農地の所有権を取得するに由なく、従つて訴外富田も訴外馬場との売買契約により本件農地の所有権を取得するに由なく、また被告等と訴外富田間に右所有権の移転を目的とする売買その他の法律行為も成立していなかつたのであるから、前記知事の許可も無効であり訴外富田は被告等から直接本件農地の所有権を取得する余地もなく、前記共有持分移転登記も実体上の権利関係を欠く無効のもので抹消さるべきものである。
そうすると被告等が訴外馬場と締結した本件農地の売買契約、更に訴外馬場が訴外富田と締結した本件農地の転売契約及び被告等より訴外富田のためなされた本件農地の共有持分移転登記は原告が被告等に対し本件農地の所有権取得につき神奈川県知事に対する農地法第三条の規定による許可申請手続を請求する妨げとなるものではないから、原告の主位的請求は正当としてこれを認容すべきである。(久利馨)